2024 11-21 |
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2007 12-19 |
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今年も残り10日あまりで俺涙目www
つーわけで今更ながら11月のMFN。 加護と共に苦難を乗り越えて行くスレ ~ セクシー教官ヤグチ ~ 一つ一つはとても短いんだけど、そのどれもが矢口ヲタの心をくすぐるネタ。 特に「前が見えないし、補助ブレーキに届かない。。。」に悶絶した。可愛すぎる。もっと続いて欲しい。 何言っても、あんた才能ないんじゃないと言われるスレ 頭文字A ちょwガキさん止めろwww もう一つ自動車に関係したネタ。前回取り上げたときは、ガキさんの顔文字がもつ何でもあり感は凄いというようなことを書いたけど、なっちも実はそうなりつつあるんじゃないかという気がしてきた。だって天使だし。どんなすっとぼけたことを言わせても「なっちだからなぁ」で済ませられるんじゃないかな。ある意味ハロプロで今一番無敵のキャラと言えるかもしれない。 したたり三昧 新垣塾シリーズ 毎度毎度面白すぎる。 特に383から386のよく分からない歌と406「ガキさんのコラーがないとこんなことになっちゃうんだなア」がツボだった。 そして、このスレのAAは本当に好きだ。決して超絶技巧を駆使した美しいAAというわけではないけど、AAそのものによる面白さを感じる。ある意味真のAAネタというか。一コマ一コマのAAに味がある。 GJG 久々に更新されたこのスレ。 ネタの中で知らない言葉や事柄に出くわしたとき、自分はわりとスルーしてしまう方だ。そして、バイクのことはほとんど知らない。だから、このネタで扱われているような事柄も、普通のネタの中の一コマとして出てきたら読み流してしまっていたと思う。 このネタはそうではなくて、そもそもバイクのことを丁寧に説明することがそのままネタの内容となっているので、読んでいて面白い。知らないことでも、こうしてハロプロと絡めることで楽しく読めるのだから不思議だ。こういう形式のネタはそう多くないだけに、なおさらそう感じるのかもしれない。 ふにゃちん☆レボリューション スレ内のAAネタの流れを汲むネタ小説。 このネタの面白さは、ストーリーそのものよりも文体や言葉のチョイスにあると思う。あ、ちょっと違うか。ストーリー自体もハチャメチャで笑ったし。何というか、携帯小説のパスティーシュに女性向けファッション誌の風味を加えたような感じの文章構成が実に面白い。中身をどう表現するかに重点が置かれているとでも言えばいいだろうか。 おそらくこのネタの書き出しはコピペを元にしてるんだとは思うけど、それ以降も同じように書き続けているところが凄い。文体や口調を真似るというのは、狼板の「○○風にハロプロを語るスレ」にも見られるように一つのジャンルとして成立しているけど、このネタのようにずっと同じ文体を模倣しつつ書き続けるのは意外と難しいと思う。 PR |
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2007 11-04 |
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ごっちんかわいいよごっちん。10月のMFN。
したたり三昧 さゆが溺れているAAの泡の表現が上手いと思ったの。 何言っても、あんた才能ないんじゃないと言われるスレ - 頭文字A あるあるwwwねーよwww かなりブラックなんだけど笑ってしまうなぁ。飄然とした文体と、ガキさんの顔文字がそうさせるのだろうか。何でもありといえばヤスの顔文字だけど、たとえばこのスレなんかでも分かるようにガキさんの顔文字が持つ威力もなかなか凄いと思う。 ところで例の事故の時、自分はなっちが免許を持ってたことにまず驚いてしまったわけだけど、この「サイドブレーキ引いたままだったべ」ってのは本当にやってそうだなぁと思った。「何か臭うべ」とか言いながら気付かずに家まで帰り着いたりしてそう。 こどものじかん - 「守護天使・イーダリオンの雄叫び」 飯田さんの暗黒力はガチ。そしてノンノンが可愛すぎる。 このネタの重要なキャラクター“イーダリオン”は、書いた人とは別の人によって作られたAAを用いている。しかもプロフィールもあらかじめ設定されてる。にも関わらず、最終的にはちゃんと“中の人のネタ”として完成している。自分のアイデアだけでなく、いろんな要望や提案を取り込んで、ちゃんとネタとして成立させることができるってのは実に凄いなーと思う。少なくとも自分にはできない。 あと、AA力も凄いよね。イーダリオンのミニVer.とか本当に上手いなぁと思う。 娘。系以外のAAも含めていろんなところから引っ張ってきたAAをネタの中で使うというのはよくあることだ。ただ、コピペってのは非常に便利な反面、ネタの中で活かそうとすると意外と融通が利かなくて困ることもある。いくらいいAAで使いたいと思っても、大きさや位置といった要因でかなり修正を施さなければならなかったり、書こうとしているネタの雰囲気にいまいち合わないといったこともしばしばある。 けれども、このネタのAAはそういったことを全く感じさせない。たとえば超絶AA作品として名高い「グリーン・グリーン」にも結構コピペが混ざってるけど、これもあまりそういう風には感じない。このように、元から中の人が書いたように見える(見せる)ってのも一つの技術だと思う。 |
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2007 10-23 |
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さしみ賞があって大量のネタが書かれた9月のMFN。
つーかネタ大杉wwwwwwwww 固定と職人がマジレスするやよ part3 あなたの好きなハロプロメンバーを1人あげてください みなさんが好きなモーニング娘。シングル曲を3つ教えてください さしみ賞の課題の一つ。 これはいわゆる通常の意味でのネタスレではないけど、読んでいて非常に面白かった。狩狩に書き込まれる内容の多くはネタで、狼や羊でよく見られるリアルなヲタとしての書き込みを目にすることは少ない。まあ一応こういうスレもあるけれど、どちらかというとマジヲタ(笑)という雰囲気が強いように思う。そんな中で、ネタを書いている人達が普段どんなモーヲタ的生活を送っているのかが少し垣間見られて面白かった。 ★魁・読み切り作品発表スレッド★ ネタの面白さの一つに、現実のハロプロの世界におけるキャラクターや人間関係、出来事などをいかにうまく掬い取って、膨らませられるかということがある。 そこでこのネタ。小春の自由っぷりというか無敵っぷりというか、暴走しがちなところが最大限にデフォルメされててワロタ。十年記念隊のなんちゃらDVDで暴走する小春と、それを見て呆れるガキさんの画像を思い出した。ゴロッキーズが小春を取り囲んで糾弾している時のAA(特に表情)も好き。 あとこの「ガキさんっぽく喋ろう」の企画はハロモニとかで是非実際にやるべき。ハロモニ見てないけど。 藁人形に釘打ちまくる高橋 - 「 再就職をしたい紺野さん 」 ポンちゃんが縁故を求めてアレなメンバーの元を訪れる顔文字ネタ。 タブーとされてることを扱う場合、よほど気を付けないとただの悪口や煽りで終わってしまう。けれども際どいことほどネタにしやすい。で、このネタの場合も際どいことを扱っているんだけど、ただそれを言いたいがために使っているわけではなくて、ネタの中の一材料としていることで非常に軽いノリで読める。さらりと難しいバランスを取っている感じがして凄いなぁと思う。 あと全然関係ないけど、このネタの紺野さんは輪郭が半角括弧「)」な上に頬を表す小文字のOが全角「o」になっていて、書いた人はよっぽどポンちゃんのプニプニほっぺが好きなんだなぁと思った。 ところで飯田さんの所に行ってないのはやっぱりあれか、タンポポの遺恨か。 アフター モーニング フローリック - 五重塔 これはびっくりした。もの凄い鳥瞰。もの凄い遠近法。五重塔を細部まで描くんじゃなくて、大雑把にシルエットだけ描くことで、より遠近感が出ているようにも感じる。AAの可能性は広いなぁ。 そういえば五重塔で思い出したけど、飯田さんと世界のガッツが共演した映画ってどうなったんだろう。 新・ボツネタうpスレ4 - バ ッ テ リ ー 延々と繰り返されるバッテリーのやりとりに糞ワロタ。 普通、台詞だけで進めていくとどうしても単調になりがちだと思う。でも、このネタの場合、台詞の部分とは対照的に緊迫感を持たせた試合展開の描写があることで、良い具合にバランスが取られている。また、台詞を延々と並べると、誰の台詞なのか分からなくなってしまうこともあると思うけど、光井を関西弁にすることでそれも上手く回避されてる。 そして、おそらく確信犯的に低レベルにしたと思われる言葉のやりとりが、まさに子供の喧嘩という感じで、登場人物が小春と光井の2人であることとちゃんと繋がっているのも上手いと思う。ただの勢いだけではない。 アフター モーニング フローリック - 「エリンギニンジン」 さしみ賞のフリー部門にエントリーされたネタの中で個人的に一番好きな作品。 ネタの面白さの要素として、発想というものもあると思う。このネタは発想が本当に素晴らしい。 まず、エリンギとニンジンをネタに使おうとしたところですぐに惹き付けられたし、掲示板の書き込みが現実になるという設定も面白い。確かに「書き込んだことが本当になるスレ」みたいなスレって時々見かけるんだけど、それがネタの材料としてこれほど上手く機能するとは。 個々のエピソードが最終的に掲示板という一つのキーワードに収束していく様子は、読んでいて非常にわくわくしたし、よく練られてるなぁと感じた。最後の落ちも、ただ不思議な物語が落ち着くだけでなく、「一線を越える」というもう一つのテーマもちゃんと消化されていて、きれいにまとまっていると思う。 発想と、それをネタとして形にする書いた人の構成力にただただ感動した。 何言っても、あんた才能ないんじゃないと言われるスレ - リンリンジュンジュンソーセージ れいな……でもこれおもしろいわー。 短いネタだけど、「何がリンリンだインリンか淫乱の間違いじゃないのか?」とか、いきなり一人称になる「なぜならセクロスなんて2ちゃんねる用語はさゆみは知らないの。」とか、一発で笑わせる一文がそこかしこに入っていてとてもインパクトが強い。書いた人はかなり考えて書いたのかもしれないけど、あまりそれを感じさせないというか、ポンポンと言葉が飛び出してきているような印象を受ける。 たとえばAAネタにしても、つまるところは台詞などの言葉で笑わせてる面が大きい。そう考えると、いかに言葉を操るかというのは一つのポイントだと思うし、言葉が溢れ出てくる人というのは羨ましい限り(書いた人がそうなのかどうかは知らないが)。タイトルも好き。 |
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2007 09-25 |
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私の中のモーニング娘。
よっちゃんの卒コンでガキさんが発したとされる言葉を題材とした小説。 誤解を恐れずに書くと、自分はこの作品がハロプロ小説として特別完成度が高いとか、超絶的に文章が上手いとかいうふうには思わない。それでもこうして取り上げるのは、この作品が「モーニング娘。の記憶」というヲタにとって避けては通れないテーマに真正面から取り組んでいて、かつ自分が読後に色々と考えさせられたからだ。ただ単に「面白かった」だけでなく、そこから発展して考えをめぐらすことができるような作品は、まずそれだけでも十分素晴らしいと思う。 さて、自分はこれを記憶をめぐる物語として読んだ。 感想レスにもあるように、タイトルの「私の中のモーニング娘。」はたとえばこの作品を読む自分の中のモーニング娘。であり、作品を書いた人の中のモーニング娘。でもあり、そして内容どおりガキさんの中のモーニング娘。でもあると思う。それらは個々のヲタが持っているモーニング娘。をめぐる記憶だ。そしてその記憶は、物語性を帯びた歴史としてヲタの間である程度共有されている。なぜなら、ヲタはモーニング娘。に起こった多くの出来事や場面を、テレビやコンサートを通じて同じように目撃しているからだ。その点では、自分や書いた人やヲタガキさんの、一定期間におけるモーニング娘。に関する記憶はある程度一致しているだろう。もちろん、それぞれの出来事に対する感想や細かい部分の記憶は違っているだろうけど、大枠では同じであるといえると思う。 けれども一方で、自分をはじめとするヲタとガキさんとの間には決定的な違いがある。それは、現在ガキさんは娘。の一員だがヲタはそうではないということだ。このことには二つの意味があると思う。 一つは、ヲタの中のモーニング娘。はいつまで経ってもメディアを通した(もっと言えば演出された)モーニング娘。に留まっているのに対し、ガキさんの中のモーニング娘。はある時期以降、直に接しているひとりの人間や一つの集団であるということだ。これはもうあまりに大きな断絶だ。書いた人もおそらく自分と同じようにモーニング娘。ではない立場の人だろうから(100%そうだとは言い切れないけど)、この作品は、演出されたモーニング娘。の記憶しか持たない人間が、生の姿を知っている人間の記憶を想像して書いた作品ということになる。だから、ネタに走ろうと思えばいくらでもできるし、もっと劇的な展開や突拍子もないエピソードを挟む事だってできたはずだ。生の姿なんて自分たちヲタには永遠に知りえないから。多くのネタは、むしろそこを利用して面白さを生んでいるといえるだろう。 しかし、書いた人はあくまでもリアリティというか、もっともらしさや読んだときの違和感のなさに気を配っているように思える。これは本当に難しいことだろうけれども、あえてそこに真正面から取り組むところが実に凄いなぁと感じる。そして、それは結構成功している部分も多いと思う。第四章のプレゼントのエピソードや、第五章などはとても上手いと思うし、特に好きな話だ。 次に、ガキさんが現在モーニング娘。であることのもう一つの意味は、ガキさんはモーニング娘。を記憶の中に持ちながら、自らも今まさに記憶を紡いでいる当事者であるということだ。 記憶というのは、ある程度現在の行動や思考に影響を与える。自分の場合、ある時期からモーニング娘。に歴史性を求めるのを極力避けてきたんだけれども、それでも過去の記憶が現在のモーニング娘。やOGに関する気持ちと全く無関係であるとはとても言えない。過去のモーニング娘。に関する記憶が、現時点における自分の中のモーニング娘。を形作っている部分は確かにある。 この作品のガキさんにおいても、記憶の中のモーニング娘。と今の「私の中のモーニング娘。」とが相互に絡み合ってストーリーが進んでいく。 ところが、ガキさんは最終的に、記憶の中のモーニング娘。をあくまで記憶として封印してしまう。現在のモーニング娘。を記憶を通じて見ることを一時的に停止し、自らが記憶を紡ぎ、ヲタの記憶に刻まれていくことのみを選択する。この判断は完全に書いた人の裁量によるものだけれども、自分はリアルガキさんにもそうあってほしいなぁと思った。なぜなら、ヲタの記憶に刻まれていくのは、モーニング娘。のメンバーにのみ許される特権だから。その意味で、最後の一文はとても好き。 長々と書いてしまったけれど、本当に色々なことを考えさせられた。 非常に内省的な内容なので、ともするとこれといったストーリーが掴みにくくなる可能性もあったと思う。しかし、記憶と現在を交互に分けて書くやり方と印象的なエピソードで、とても分かりやすく読むことができた。最後は随分あっさりした印象を受けたというか、もう少し膨らむのかなとも思ったけど、それでも十二分に楽しめる作品だった。 |
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